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建屋富士(須留ケ峰)

4月22日 晴れ

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御祓山より展望

 中国山地は東西350kmに及び1000m級の山が連なっている。その東端に聳える山、それが須留ガ峰(するがみね)である。
須留ガ峰は兵庫県のほぼ中央部の大屋町・養父町・朝来町の三町にまたがる。
日本海へ流れる円山川の支流である大屋川と神子畑川の源であり又その東側を建屋川が北に向かい、大屋川へ合流する。
養父町建屋からの山容は富士に似て、この地名から建屋富士(たきのやふじ)と呼ばれる。

 

神社の伝承

大屋町宮本の御井神社の伝承によると「古代、この地が湖であった頃、神々が国造りのため、湖を陸地に変えようと三艘の神船を出したところ、この山の峰で船底を摺ったところから「摺が峰」と呼ばれるようになった」とある。
地元では今も「すりがみね」と呼んでもいる。今回登山口で私に椎茸を収穫中の方が話してくれた内容は「飛行機じゃあるまいし、現在1、000m以上もある山の峰で船底を摺る訳が無いと考えるけど、この山の北方にある「妙見山」(標高1、139m)で貝の化石が出るので、昔このあたりの地が海の底であったことは間違い無い。
だから摺が峰の伝説は有りうることだ。」と言ったものだった。

 山名が須留ケ山でなく須留ケ峰となっているのは一つの山がポツンとあるのでなく1、000m級の峰々がいくつも連なっているからだろう。
そして「摺が峰」がいつの頃よりか「須留ケ峰」と転化したのだろう。

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餅耕地コース

 建屋から見る富士は右手に前衛峰である大杉山を従え雄大に聳える。1,053mの標高があり、春は4月上旬まで山頂付近に残雪がある。雪の消えた頃を見計らって4月下旬の春うららかな日に訪れた。

北(大屋町、宮本)から、西(大屋町、田淵)からと東からの三方向からの登山コースがあるが、私は建屋富士に登るのだからと東からの建屋コースを選んだ。

 

 朝来で播但道から県道70号線を北上し建屋の駐在所から2km西へ入り車を道脇に止める。
ここは餅耕地(もちこうち)と呼ばれる面白い地名だ。
 あと1kmくらいは車で入れるそうだが道が悪いのでここから歩くことにした。この登山口には新設の登山案内板がありコースが詳しく説明されている。

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 (10:00発) 五合目(四輪駆動車ならここまでOK)まで林道を歩く一般コースと川をさかのぼるベテランコースがあるが私は後者を選び10時に出発する。

 谷川に沿って少し歩くと左手に伏流水がある。
「まあ飲んでみい、うめえじょ、滝谷の水は」と書かれ、竹のコップが備えてある。
私も一杯呑んでみたんじょ!!

 道は大雪による倒木や落石でめちゃめちゃで、この春、山に入った人はまだほとんどいないのだろうと思われる。
沢を流れる水量は多く、小滝がつづく美しい流れに沿った道をうぐいすの鳴き声に耳をかたむけながら進む。
30分くらい歩き1万トンの大岩に着いたので、水の補給休みを取る。

 ふと左前方の山肌を見上げると一面に白く残雪に見える。
落葉樹は芽だし頃で全山枯れ木の状態であるが、残雪なのだろうか。
いや違う、花が咲いているのだ。
コブシかタムシバが山一面に群生している。

「ふもとより残雪と見えし白模様、

全山一面にコブシ花咲く」

*surugamine3.jpg

 ここから沢を離れ右の急斜面を尾根に上がるジグザグ道がついている。この斜面にはヒノキが植林されたばかりで鹿よけの網がはられているのでくぐり抜ける。林道を横切り鹿網をくぐりひどく崩れたガレ場を落石に気を付けながら通過、餅耕地の里が見えるように木々が切り開かれた展望地に11時30分着。
はるか下になった村を眺望する小休止をとる。

 (12:15着) なおも険しい雑木林の道を登りやっと山頂に着いたと思ったのは大杉山の頂(1,022m)だった。
ここには周囲10mの大杉があり日本海を行く船が目印としていたが、落雷にやられ根元しか残っていない。

*surugamine2.jpg

大杉山の大杉(大きさを知るため傘を横にして置く)

但馬の黒山、すりが峯

 大杉山から峰を3つ超え、約30分明るい落葉樹林の尾根道を行くと今度は間違い無く建屋富士の頂きだ。
北は日本海、但馬の山々...展望には申し分ない山頂である。

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