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古道を歩く 有馬道
(その二)

伊丹市 柏木古墳 ~ 
宝塚市 安倉高塚古墳


2011年09月22日(木)

 快晴 気温 26℃ 

わが町尼崎は古くから開けた町で、古の街道がいくつも通っています。

その一つ、大坂より塚口を通り、古湯の有馬へつづく「有馬道 間道」をたどります。
<塚口(尼崎市) - 伊丹(伊丹市) - 小浜(宝塚市) - 生瀬(西宮市) - 有馬温泉>有馬温泉へ行く天皇や貴族が行き来したことだろう。

豊臣秀吉も有馬へ何度も湯遊びに向かった。

下記は尼崎市HPより引用

 3世紀初頭からはじまる古墳時代に入ると、大和・河内の大規模古墳群をはじめ、各地で古墳がつくられるようになりました。

尼崎地域でも、4世紀後半の池 田山古墳、5世紀後半の御園(みその)古墳、5世紀末の伊居太(いこた)古墳をはじめ、多くの古墳があったことが確認されていますが、都市化にともなっ て、現在ではその多くが墳形を失っています。

さきの3つをはじめ、かつては多くの古墳が市域北部の塚口周辺から伊丹市域南部にかけて集中しており、塚口古墳群と呼ばれています。こういった古墳が集まっていた地域には、椎堂(しどう)、坂部(さかべ)、久々知(くくち)などといった、この地に住んでいた古代 の氏族の名前に由来すると考えられる地名も散見されます。

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柏木古墳

 柏木古墳

二階の屋根くらいの土盛りにお墓がごらんの通りです。江戸時代頃より墓地として利用されています

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  有馬道は道幅が4m位でしょうか、今は道の両側に民家が立ち並び生活道となっています。車は新しく作られた県道を利用するので古道にはほとんど通りません。
  都会のウオーキングにはもってこいの道です。 
  この木は面白いですね。いつごろ植えられたものだろう

南野神社

 お社の東横に大きな楠があり、しめ縄が張られ、賽銭箱が供えられています。ご神木ですね

南弐タ塚公園(伊丹市)   何と読むのかなぁ?

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  東天神社(伊丹市)
  10月第二日曜日、秋季大祭には神輿がにぎわいます

 札場辻の稲野村道路元標 有馬道と西国街道の交点は札場辻と呼ばれますがここには道しるべが残っています。

 札場辻の道しるべ 札場辻に立っていましたが現在は100m東の伊丹市立稲野小学校の門前に移されています。

  北向地蔵横の常夜灯

  北向地蔵 名前の通り、北に向いておられます
ここは「有馬道」と「行基道」の交差点です

  北向地蔵 

  新田中野村入口の道しるべ  常夜灯の前にありますが花にほとんど埋もれています。右 中山寺  左 小浜 と見えます

  中野の道   古道の今は、まわりの人々の生活の道として利用され、車はあまり通りません。散策、散歩、ウオーキングにはもってこいの道です。辻辻には道しるべが残されていますし、神社やお寺が街道沿いに建っています。

 素戔嗚神社
  新田中野村の氏神様

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素戔嗚神社境内にそれと見えそうな
夫婦円満ですか
子授かりですか

  六甲山大権現の道しるべ
 
  六甲山の石宝殿に祀られている大権現の常夜灯が何故ここにあるのでしょうか?
  右 大坂  左 小浜  と刻まれているところから道しるべとしても役に立っていたものと思われます。

常休禅寺 

姥ケ茶屋(ばんがちゃや)の道標

 

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 姥ケ茶屋(ばんがちゃや)の道しるべは木の下の大きい方の祠の中に置かれています

大蓮寺

  このお寺は聖徳太子が建てたと云われていますと寺伝に残っています。

  安倉高塚古墳

  道路工事の時発見されたので古墳の半分が道になつています。

有馬道 その三 へつづく
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