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阿波富士(高 越 山)

標高 1,133 m


1999年01月23日
  晴 微風 気温12℃

四国の富士

 私は阿波の国(徳島)で生まれた。
徳島平野は東西に連なった南の四国山脈と北の阿讃山脈に囲まれている。
そして四国三郎こと吉野川が平野をうるおし豊かな土地となっている。

 私の生家は吉野川の河口から16キロほど上流にあり、代々自作農家であった。
田んぼの真ん中に家があったので隣とは100mも離れているという環境でした。
だから私の地理的なイメージは、前方には高い山があり、川は西から東に流れ、裏にも低い山があるというものであった。

(故郷を離れて経験したことだが、川が東から西へ流れたりしているのを見て到底信じられ無い事だった。)

おこっつあん=高越山

 生家から朝に夕に眺める南の山の西の端にひときわ高くて先の尖った山がある。
今は亡き祖父は、冬が近づいた頃その山(初冠雪)を見て
「おこっつあんが白くなったので寒くなる」と言っていたのを覚えている。

この「おこっつあん」が漢字で「高越山」と書くのを知ったのは、ずっとずっと後の事であり、「阿波富士」という誉れ高い山であると知ったのも古くはない。

 「高越山」は標高1,133mで吉野川の堤防上からならどこからでも見る事が出来る。
山川町の瀬詰大橋付近から吉野川越しに見ると端麗・荘厳の言葉にふさわしく正に「阿波富士」である。

高越寺と高越神社

 古くから神の山として信仰をあつめ、山頂には天日鷲命を祭神とする高越神社がある。
また大和葛城の修験者役小角によって高越寺が開かれた。

  801年弘法大師(28歳)もこの山に登って修行したとされ、現存の「心経」一巻や「不動明王画像」は大師の手によるものと伝えられている。

参道が登山道

 JR阿波山川駅を南へ少し歩くと鳥居がありそこから表参道が始まり登山の山道となる。
(登山口を11時50分に出発)

 1、200年以上も前から人々が歩いた参道であるので道はしっかりしており又広い。
  暖かで早春のような素晴らしい天気だったので、登り一辺倒の坂道も楽しく歩く。
杉などが植林されているものの雑木などもけっこう残っているので明るい山道となっている。
30分くらいの所で振り返ると吉野川と阿讃山脈が目に飛び込んで来た。
中腹の中ノ郷までは(約1時間)岩盤が露出している岩の山だ(この岩は緑泥片岩と言い、緑色で美しい岩です)。

ここには立派なヘリポートが作られていた(何の用の為だろうか?)。
一面氷で覆われていた小さな池の横で小休止。

山頂まで2時間30分

 ところどころV字カットで坂はだんだん急となる道を進む。
出発が遅かったので、下って来る登山者と出会い「こんにちわ」と挨拶を交わすが四国も関西も登山者は中高年の人達である。

  欅の入母屋造り二重層の山門は重々しく、さすが阿波国修験道の発祥の寺だと思わせる。
日陰には先週の大雪の名残であろう雪が氷結していた。

 鐘楼横の石段を登ると高越神社が祭られている。
神社裏手すぐの所が一等三角点で、弘法大師の北(高野山の方角か)に向かっている銅像が立っていた。

 14時20分に到着して遅い昼食に鍋焼きうどんをいただく。
寒い時にはやはり暖かいものが一番だ。

  南へ下れば「船窪つつじ公園」を経て(ここまでは車道が通じている)下山できるがシーズンでもないので来た時と同じ道を引き返す。

「船窪つつじ公園」のこと

 船底形に窪んだ火山灰の平地3.5haにツツジが群生しており、国指定天然記念物となっている。
木の高さが5ー6mにもなり5月中旬に満開となる。

 一度だけ花の頃ここを訪れたがそれは見事の一語だ。
展望台も有り、徳島の最高峰「剣山」山系が一望のもとに目にすることが出来る。

ふいご温泉

 登山口から川田川沿いに2キロくらい遡ると高越大橋の下に町営の「ふいご温泉」がある。
一泊二食付き5千円と格安で、しかも麦入りごはん、あまご塩焼き、ソバ麦の入った味噌汁、煮物等など素朴な食事は懐かしかった。

  銅鉱山跡から湧き出た「緑バン鉄泉」という温泉も本物である。
ここに宿をとり、暖房付の部屋で今日一日の山行を振り返りつついつしか深い眠りに落ちた。

観光

① 重要伝統的建造物群保存地区として

 脇町南町伝統的建造物群保存地区 【商家町】が指定され「うだつの屋並」が美しい。

② こうつの里

③ ヘルスランド美郷

 美郷の山間に設けられた「美郷温泉」

④ 上桜温泉

 吉野川の平野が一望できる風光明媚な展望風呂です。

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