丹波富士(大箕山)
標高 626m
雨なし5月、各地は乾燥注意報の中、滋賀のきぬがさ山は40haを焼きまだ延焼中との報。原因は判明していなが、登山者も火気には注意せねばならない。
大箕山(標高626m)は丹波富士と呼ばれている。
篠山を北上、氷上町から県道7号線をさらに青垣に向かうと道の駅「あおがき」があり、その東方から見ると前に小山をかかえたやや丸みをおびた富士がある。田植えを終わった水田に逆さ富士を映し、その左の岩屋山と対じしており、左奥遠くには粟鹿山がかすむ。
そして岩屋山から飛び立った赤白青鮮やかなパラグライダーが富士の上空をゆったりと舞う。今トンビがピーヒョロロと歌いながら飛ぶのを見ていると、人も真似しているなと思った。青空、青葉、山、初夏の風…ここ青垣は何度訪れてもさわやかな土地だ。
さて登山道であるが、里山であるので道は四方から通じているようだ。里の古老(Aさん)に伺うと「わしら若い頃は毎日山に登っとった、柴を刈り山草を刈って来て田の肥やしにするのじゃ」と云われる。どの道を通っても、先ず前の小山350m峰のピークかその鞍部へ登り、そこから主峰に到る。
私は市原集落(標高170m)の毘沙門庵から前衛ピークを越え、鞍部に下り南稜を直登するコースを往復することにした。車はAさんの前庭に止めさせていただきました)
(10:20)道脇に自然石の燈篭の下半分が立っている横の小道を入るとすぐお宮の石段があり、上に毘沙門の小庵がある。左側を通り抜けると砂利道(林道)に出る。この道を横切り、崩れた斜面にある小道を山へ入る。道は左へトラバースしてから前衛ピークへの尾根上に続く。倒木は放置され、道は荒れているが良く歩かれていた様子がうかがわれる。
(10:45)左からの小道が合わさるがこちらも同じような状況だ。植林の中、落ち葉を踏みしめ、だんだん急となる坂を登るとピークに着き(10:55)右からの道が合わさる。ここから一旦鞍部へ下るが背の高い笹があり苦労するところだ(右斜面少し下部に植林の中をけもの道が通っているのでこちらが歩き易い。。。(けものは賢い)
(11:00)鞍部に着く。ここへ左からモノレール索道(頂上のNHKアンテナへの物資運搬用)が通じている。このモノレールは頂上まで続いている。モノレールは尾根を正確に直上しているが、登山道はモノレールを右へ左へとジグザグに付いているので道を歩こうと思えばモノレールを左右に超えねばならない。私はモノレールに沿って直上する方を選んだ。
傾斜が強くなるとモノレールをつかんで登るので結構役に立ってくれた。それにしても急な坂だった(麓からは丸っこい山に見えたのに)。
(11:30)右が植林で左は潅木の暗い山道が続いて展望がなかったが、標高500mくらいの地点で木が切られており麓の村が見渡せる。上空にはパラグライダーが浮かび自由に大空を楽しんでいる。気温も28℃を越え、セミの声もする。噴出す汗を拭きつつ頂上を目指す。
そろそろ山頂かなと思える平坦なところに着くもアンテナが見えない。だらだらとゆるい坂を5分くらい歩くとNHKアンテナの林立する頂上に着く(11:50)。
NHKなどのアンテナが建つ山頂
いつものように三等三角点にハイタッチ。
大岩もなく、山岳宗教とも縁のなさそうな丸い広い頂上はアンテナに電波を受ける為電波をさえぎる杉やナラ等の大木は伐採され南側半分は展望が開け登山者には好都合だ。
「後々へ伝えておくれ、頂に山名のプレート置く」
数ある「ふるさとの富士」もマイナーな富士はその村の住民からも忘れ去られつつある。そこで「大箕山―丹波富士」と記したプレートを杉の木に吊るし置く。このプレートを見た方が「丹波富士」の愛称のあることを後々に伝えて貰えたらと願う。
初夏の強い紫外線を避け日陰で展望を楽しんだり、昼食の時を過ごす。ピーチュピーチュとよくさえずる小鳥の鳴き声を聞きつつも、大きな蜂が飛び交うのが少々うっとしい。
(12:45)下山ルートも往路をとる事にし山に別れを告げる。急坂なので下りはストックを頼りにジグザグに踏まれた道を歩く。パラグライダーも既に引き上げたようである。山上にはジュースの空き缶がいくつも転がっていたので幾人かは登られているみたいだが、道中目に入る足跡は先が二つに割れた獣のものばかりだ。
(13:50)登山口へ帰着。新緑はさわやかだったが春の花シーズンの後で目には寂しい山であったものの富士一山完登の喜びを胸に家路へ車を走らせる。
篠山後川(しつかわ)にある籠坊温泉に立ち寄り、大石を瓢箪の形に繰り抜いた露天風呂で山行の疲れをいやす。
(この温泉までの運転中、右足がつり気味であったのが少しは回復したようだ。