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五ヶ所富士
(五ヶ所浅間山)

標高 172m


2002年4月15日(月)
 くもり・風弱し・20℃

五ヶ所湾

 南勢町の五ヶ所湾にあるから、そのものずばり「五ヶ所富士」。三重県度会郡南勢町は伊勢市の南に位置し五ヶ所湾を囲む町である。大阪から直線距離で170kmくらいだが以前は車で5-6時間もかかっていた。ところが名阪国道から関JCTで伊勢自動車道が伊勢ICまで開通した現在、南勢町へは終点の伊勢IC手前にある玉城ICからサニーロードと銘打ったほとんど信号の無い県道を利用して3時間少々でアクセスできる。

五ヶ所の富士山

 その山容から「五ヶ所富士」と呼ばれている山の正式名は「五ヶ所浅間山」である。南勢町の最高峰は度会町との町界尾根上にある牛草山(550.2m)であるが、面白い事に浅間と名の付く山は五山もある。

切原浅間山(230m)
宿浅間山(181.9m)
五ヶ所浅間山(172m)
相賀浅間山(169m)
田曾浅間山(163m)

 どの浅間山もピラミダルな姿であるが富士の呼び名を持つのは五ヶ所浅間山のみである。  ビュースポットとしては五ヶ所川に架かる五ヶ所大橋からは川面に映る富士を正面に見ることが出来る。また五ヶ所小学校から南へ伸びた半島を飯満へ向かい浜にでると海上に浮かぶ富士を眺めることが出来る。
(飯満で「はまじんちょう」の花―――本州で南勢町にだけ咲く薄紫色の花が一株あり数輪咲き始めていた。大きな群落のある所は、五ヶ所川湾口近くにある獅子島のみ)

見登歩史(けんとほし)

 観光協会で町発行の登山コースを詳しくイラスト入りで説明してあるパンフ(海と出逢う山の道「見登歩史」)を頂く。
見る登る歩き南勢町の歴史を学ぼうということだろうか。(ちなみにこの「見登歩史」は南勢町の登山12コースの山々が紹介された6枚が1セットとなており\1,000)


登山道は「五ヶ所城址ー愛洲の里」より

 パンフに依り、南朝で活躍した愛洲氏の五ヶ所城址(県史跡)は愛洲の里として散策道や資料館、駐車場が整備されていると知り、この駐車場に車を止める。ここから五ヶ所川沿いの県道を少し行くと左手に登山口がある。標高172mほどの山なのでゆっくり歩いても上り40分、下り30分もあれば充分である。

道は六合目くらいまではみかん畑の簡易舗装の道を利用し、それから上部は坂が少し急になる登山道がある。
展望は山頂よりも九合目の展望所が最適である。

浅間碑

 山頂に「浅間碑」がある。この南勢町指定文化財(工芸第一号)について教育委員会の説明によると「この浅間山は、富士信仰の山です。富士山の霊山信仰が一般民衆のあいだに盛んになったのは江戸時代で、富士山を「大日如来」とし、その従者「浅間菩薩」などを祀って、富士登山講のシンボルとしました。 ここの浅間碑は、延宝六年(1678)のもので、当町内では最も古く、その上、富士山が四方から拝まれることから、四面に菩薩を浮き彫りにし、また、宝永山{宝永四年(1708)の噴火で出来た山}をも祀って、他に見られない特色があります。」


 


 

九号目の展望所で

山頂は日も当らず風が冷たいので展望所まで下る。
 若葉が噴出したこの時季からは野鳥の美しいさえずりが聞こえるが、双眼鏡で探しても姿が見つからない。ミソサザイだろうか?すぐ近くの木で鳴声がするが見えない。しゃくだなあ。
設置されているイスに腰掛け昼食休憩。目前に見下ろす五ヶ所湾の眺望はすばらしい。南勢町中心部の町並み、入り組んだ入り江、浮かぶ小島やそれを取り巻く山並みを一望できる。都市近郊で鳶を見ることが少なくなった昨今だが、いま目の前を鳶が強い風に翼と尾羽を起用に動かし舞っている。のどかである。
五ヶ所浅間山を富士山に例えるならば眼下の五ヶ所湾はさしずめ駿河湾に当るだろう。

近道を下る

 ジグザグに付けられたみかん作業道の横にほぼ真っ直ぐに歩くことが出来る道があるので少しは近いかなと思い下りはその道を下る。近道ではあるが落ち葉が腐ることなく積り、歩きにくいし、生い茂った木の中は暗いので太陽を避けたい暑い時季以外は作業道のほうが良かったか。

ハマジンチョウ「浜沈丁」

ハマジンチョウはハマジンチョウ科ハマジンチョウ属の常緑低木です。
日本では三重県、九州、沖縄県などの河口付近の海岸に自生している。

五ヶ所湾 愛洲に富士に はまじんちょう

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