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東稜ノーマルルートと
救助隊訓練


ひんやりと日陰の風に
枯葉舞う
雪彦山 地蔵岳


とき: '98.11.7~8

ところ: 雪彦山
6日夜発=生信Y、内田Y子、森本T、森本E子、今庄T…
7日朝発=日野K、中川K
7日夜発=荒木K他

7日(土) 

6:00阪急武庫ノ荘駅集合で、中川は日野さんの車に乗せていただく。中国道は空いていて7:50頃に夢前町坂根公民館に着く。既に登攀に出かけたパーティもあったが、YMCCのみなさんはこれからの出発なので一緒に行くことになる。
パーティは森本夫妻、生信・内田、日野・中川と2人づつの3パーティで、森本さんは三峰、その他は地蔵岳東稜ノーマルルートとなる。
不行沢(ゆかずざわ)のチョックストーンを越えて取付きのテラスへ。ここに至るまでに大汗をかいて疲れてしまった。

ハイカー急なルンゼに迷い込み

 装備を付けているとき、なんやら右のルンゼが騒々しい。急なルンゼを登ってきた6名ばかりのハイカーがテラス直下で行き詰まり、こちらへ上がりたいという。「一般道へ出られますか?」
不行沢を登るんかな、と思い、「バックして反対側に回り込むんですよ」と答える。
「そこまでやから、登ってしまおう」と元気なオジサンがおっしゃる。
「いや、いや。ここは3級の岩登りですよ。難しいから回った方がいいですよ」
「そこは一般道なんやろ」、だんだん言動がイライラの性急感が感じられるようになる。
「いや、ここはクライミング・ルートですよ」、こちらも初めは不行沢のバリエーションを登りにきたハイカーかと思ったが、どうもおかしい。地蔵岳の正面を拝んで大天井岳に上がる一般ハイキングのつもりだったらしい。
それなら沢の出合まで引き返し、道標に沿って進まなければならない旨説明する。

地蔵岳東稜は快適

  1P: 40mフェース Ⅲ級 (H-N)。生信・内田パーティが先行。日野・中川パーティはツルベで行くことにする。出だしは日野さん。朝一番は体が固いのか、10mほどで行き詰まってしまい、先行する内田さんのザイルを借りる。
2P: 40mフェース Ⅲ級 (N-H)。快適フェースを登り、東稜ハング下、左の大木でビレイ。
3P: 15m左トラバース Ⅱ級 (H-N)、チムニー下の大木まで。
4P: 40mヂムニーよりフェース A0、Ⅲ級 (N-H)。去年はチムニーの中に入ってしまい、どう登るべきか困惑して、登ったり下ったりしているうちに、右のフェースにピンがあるのが分かって、やれやれだった。今年は覚えているから気持ち良く登れた。松の大木でビレイ。
森本パーティが三峰から懸垂で下りてくるのが見える。やがて東稜を追っかけて登ってくる様子。不行沢をはさんで森本さんのコールがこだまする。
それから50mほどコンテで進み、馬の背の取り付きへ。
5P: 馬の背リッジ30m Ⅲ級 (H-N)。下部の岩場のクラックに小さなモミジの木あり、赤く染まっている。上部に遭難碑あり。
6P: 凹角からトラバースしフェース直上30m、(N-H)。ラストピッチ、先行の内田さんが華麗に登っていく。生信さんも元気にフォロー。中川は楽しく登ることができた。頂上には数人のハイカーがいらっしゃって、生信さんがクライミングの基礎を説明なさった。
もう1本登ってもいいかな、と思っていたが、暗くなるぎりぎりのところかな、ということで下山する。

 

下山して道端の屋台でイモヅルの佃煮を買う。見た感じはヤマブキのようだが、そうではない。ついでに缶ビール(300円)も買ってイモヅルを味わう。
お いしい。
屋台のおばさんは親切にも、オマケにスダチ3個をザックのアマブタに突っ込んでくださった。

「見栄えはよくないけど、おいしいよ」

サンマの塩焼 きに振りかけていただきます、「どうも、ありがとうございます。」

最近の名所・雪彦温泉に入湯

 

公民館に帰って少し酒をいただいてから、日野さんは温泉に行くとおっしゃるから、生信、内田、大見さんともども一緒に車に乗せていただく。温泉に入る前に今夜と明朝の食材を買いに夢前町のスーパーまで足を伸ばし、ラーメンやら水炊き等の材料を仕入れる。
  それからバックして河原口の対岸にある雪彦温泉へ行く。

 

営業時間は午前10時から午後6時まで(受付けは5時まで)、入場料600円。

 

泉質はアルカリ性 単純放射能低温泉(単純弱ラドン(Rn)泉)。効能は神経痛、筋肉痛、間接痛、五十肩、運動麻痺、間接のこわばり、うちみ、くじき、慢性消化器症、痔疾、 冷え性、病後回復期、疲労回復、健康増進、痛風、動脈硬化症、高血圧症、慢性胆嚢炎、胆石症、慢性皮膚症、慢性婦人病と、まあ、なんでも効くみたい。

 

森本E子さんは家事都合のため、お一人でバスに乗ってお帰りになったとのこと。
われわれは公民館で結構酔いつぶれ、いつのまにか日野さんの車で就寝。

8日(日) 

6:20ごろ森本さんが、車で寝ている日野、中川を起こしに来ていただく。慌ただしくラーメンを炊こうとするが、内田さんがうどんを分けてくださる。
7:00過ぎ、A,B2隊に分かれて出発。A隊は森本さん隊長で地蔵岳正面へ。B隊は大見さん隊長で地蔵岳東稜へ。ほとんどの隊員は七曲りの展望台まで車。大見、日野、中川は徒歩。B隊は不行沢を詰めていくから車の必要もない。
出合で合流した。

地蔵東稜を引き上げ引き降ろす
救助隊訓練B隊

B隊隊長=大見
工作・回収隊=大家、荒木、大重
搬出隊=小砂見、日野、森田、沢田、内田、中川…
見学隊=岡山労山3名(佐藤、後藤&津山の若者)

 B隊の行動概要につき大見隊長が説明。地蔵岳東稜ノーマルルート2ピッチを3ピッチに区切り(練習のため)、引き上げ3ピッチ、引き降ろし3ピッチの作業を行なう。
ルートは前日、大見さんがノーマルルートの5mばかり右にボルトを打っているとのことで、工作隊がフィックスロープを張っていく。大家さんは細かいフリーを「私が搬出されるかも」とかいいながら、上手に登っていく。
取付きテラスでは引き上げ引き降ろしの支点の取り方、背負い者と負傷者に付ける振り分けロープのセット等について、中川が復習のつもりで説明し、それぞれに練習していただく。
ところが、前日に引き続き、またしても右の急なルンゼからハイカーが現われ、行き詰まってしまった。
「ここは岩登りですよ。一般道は出合まで引き返してください」
「もう、降りられないわ」オバサンがおっしゃる。
しかたがないので、岡山の佐藤さんたちがザイルを垂らし、「ザイルをゆっくり流してあげるから」と40mばかりの下降を手伝ってあげる。どうも、われわれの踏み跡がしっかり付いているのが、道迷いの原因か。もう少し道標を見てもらったら間違うことはないのに。

引き上げ1P: 背負い=森田、負傷者=沢田 V字動滑車引き上げ、ルートがブッシュに突っ込むところだったので、小さいテラスへの引き上げの瞬間が困難だった。
救助訓練というのは、どうしても下を見ることが多いので高度感を強く感じる。単に登るだけだったら、さほど感じないのに。だから、事故を起こしたパーティは高度感が恐怖感に変わるのかもしれない。
引き上げ2P: 省略
引き上げ3P: 背負い=大見、負傷者=小砂見 V字動滑車引き上げ、かなり重い(150kg)引き上げを、ほとんど女性でやった。右側の引き上げは足場悪く、1.5人ぐらい、および左の3人で引き上げたようだ。
日陰は風が吹くと寒く感じる。
引き降ろし1P: 背負い=小砂見、負傷者=内田 取付きまで。V字の2本ザイルで下降。制動器はエイト環、シュテヒト環またはATC。次の支点でのセットは1方のザイルを固定し、一方を解除して交換。もう一度反対側のザイルを同様な処理をして継続下降。
引き降ろし2P:~3P: 搬出隊員は順次懸垂下降し、作業。
中川が懸垂のザイルをシュテヒト環に、反対にセットするのを、見てみぬふりしりしていた回収隊員、中川が気付いてやり直すのを見て笑う。
工作兼回収隊員はザイルを回収しながら下降。最上部のザイルが堅く締まってしまい、回収に苦労があったようだ。

 14:00ごろ終了。どうもご苦労様でした。
下山して、缶ビール1本、反省会を簡単に終わって、中国道が混まないうちにと、日野さんの車で、小砂見、森田、中川が乗せてもらって帰途につく。

1998.11.21 中川好治


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