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あこがれの屏風岩


2000年06月16日(金)晴れ

小梨咲く上高地は上機嫌

 時、大阪梅田より松本行き特急阪急バスに乗車。

料金は往復で10,100円也。

 松本駅バスターミナルに10分遅れて1340分着。新島々行き電車は15時15分までないので、13時50分発の高山行き特急バスに乗り継ぎ、このバスを沢渡で下車した。
幸運にも沢渡発上高地行きのバスに待ち時間なしで乗れ、上高地バスターミナルに15時30分に着いた。

kamikoti

 今夜の宿は軟弱な山男の宿、横尾山荘である。バスターミナルより山荘へ電話を入れる。「いまバスターミナルにおります、すぐそちらへ行くので一泊2食付きでお願いします」18時までに来てくださいとのことなので、道を急ぐことにした。

 梅雨どきなのに空は雲一つ無い快晴、河童橋のたもとの小梨の白い花は満開、とうとうと雪解け水が流れる梓川と岳沢の上部には西穂から奥穂、吊尾根から前穂明神へと続く稜線は急ぐ私の足を引き止める。

 登攀具を詰め込んだ重たいザックが肩に痛いが明神、徳沢と5分づつ休憩を取り18時10分に横尾山荘に着いた。途中白いニリンソウ、ピンクのイワカガミ、石楠花や淡い緑の新緑がほんとうにすがすがしく来て良かったとの思いで胸がいっぱいになる。

 宿泊料8,925円を支払い、案内されたベッドは昨年と同じ二階の一号室3番。

今晩の泊まり客は三人だけで一人はアマチュア写真家、もう一人は近辺を散策する人。彼等と夕食時、2時間ばかし山の話に楽しい時間を過ごす。風呂は新設の別棟の二階にあり、浴槽はジェットバスで大きい。山荘も変わったものだと思う。

 天気予報では明日の松本地方は降水確率20〜50%と報じている。心配だが明日の晴れとクライミングの成功とを願って21時に消灯。


2000年6月17日(土)

 曇りのち雨

 4時過ぎ、窓から空を見ると昨日とは打って変り、薄い雲に覆われている。
いやな予感がするが雨は夕方までは降らないだろうと勝手に楽観視する。

byobu

 後発組は予定どおり9時に到着、「夜行ちくま」であんまり眠れていないと思うが、皆さんお元気お元気。

基地のテント設営後すぐ出発する。

party

 昨年に比べ水量は少なく横尾川の渡渉は楽で、裸足になりズボンをまくりあげ冷たい流れを滑らないように枯れ木を杖にしてすり足で渡る。
しびれるような冷たさであったが、濡れたのはひざ上10cmくらいで一つの難関を突破した。
 1ルンゼは雪解けでひどく荒れており、途中からルンゼを離れブッシュ帯を登る。

 先ほどから降り始めた雨が強くなりだしたので雨具をつけて進む。基地より2時間で30年来の大雪の残った雪渓に到着した頃には雨は本降りとなった。雪渓はスリップすれば下まで転げ落ちてしまう。登攀シューズに4本歯アイゼンでは心もとないが、細心の注意を払い登りきる。いまから登攀しようとする屏風岩はもう全面が雨に濡れテカテカと光り、私達の前面に巨大な岩盤として立ちはだかる。

雨には勝てぬ引き返そう

 しばらく様子を見ていたがこの雨は止まないと判断し、中川リーダーは登攀中止の決定をする。

 私の場合は昨年の渡渉で引き返したのに比べここまで来れば大前進と満足している。下りは雪渓を避け樹林帯を通る。国立公園での植物採集は禁止であるが、観察の為と称して食べられる植物を少しだけ頂く。

 テントの中でのビールの乾杯はどう言ったもんか記憶に無い。明日も雨ならハイキングでもしましょうかと決め午後10時頃就寝。


2000年06月18日(日)

 快晴

 3時半頃目覚めるも、まだ早いかと横になったままウトウトしていた。4時頃誰かが「晴れているよ」と大きな声で言う。みんな飛び起き「攀ろう」と一斉に仕度にかかった。

 昨日、二回に今日またもう一回の3度目の渡渉である。それからルンゼ登りに雪渓登りとを昨日と同じルートの繰り返しである。

 T4取り付きまでの急斜面の雪渓は中川さんがトップを進み、後続はザイルで確保していただき1ピッチ50mを登る。取りつきでは残雪がメチャクチャに多くて岩と雪渓の間には幅2m深さは10mくらいあると思われるシュルンドが行く手を阻む。こんな所へ落ちたら助からんなあと怖くなる。(中島さんはキャーと叫び声を出し、落ちかけたが確保のシュリンゲで辛くも救われた)

zansetu

 中川さんは雪渓にハンマーでビレイ点を作り、階段をこしらえ巧みに岩に取り付く。

さすがだ!!と思う。

3

9

彼のリードで2Pとコンテをはさみ、最後1PでT4テラスに着く。

4

5

手がつっぱって痛くてダメだ
「雲稜ルート」「東稜ルート」

 T4までは、中川さんのリードで5人が一つのパーティで登攀したので結構時間がかかりT4尾根テラスでもう11時15分になっていた。ここからは中川さん、坂上さんと私のパーティは「雲稜ルート」を中島さんと内田さんパーティは「東稜ルート」を攀じることにし、2時30分までに3ピッチを終了しておればビバークなしで終了点まで抜けようと決めてあった。私自身は今日中に終了点まで行くんだと心に決めていた。

 テラスからの1Pは坂上さんがリード、次に私が攀じる。取り付きから残置シュリンゲをアブミ代わりにする。むつかしい垂壁凹角を右に左へとA0しまくりで1Pをなんとか登攀し、自己ビレイを取って中川さんが攀じって来るのを待つ。

 2ピッチ目を坂上さんが登攀するのを確保する準備をしている時、両手に違和感が走る。昨夜はテントの中で右足の硬直があったので心配になる。

 中川さんにビレイを渡して確保をお願いし、坂上さんのアブミ登攀を見ながらルートを覚えようと必死になる。岩をつかんでいた右手が突然“痛い”と声が出るほどツッテしまった。

 中川さんにどうしようと伺うと「岩を掌でたたいたら治る」とのこと。私は指を曲げたりひっぱたり、岩を平手でたたくが治らない。そうこうしているうちに今度は左手も痛くなって曲がったまま硬直してしまう。

 何故だ、こんな経験は初めてである。

登攀をギブアップ

 坂上さんが「OK登って来なさい」との笛で合図。両手が痛くてどうにもならないがじっとしていると治まるので、登ろうと岩に手を掛けると痛みが走り、手はつっぱりだす。なんども繰り返すが良くならない。20分くらい努力するも改善しないので、「残念ながらもうだめです。」と登攀をギブアップ。

 坂上さんに懸垂下降を伝えビレイ点まで降りてもらう。「すみません、またしても私の不調で登攀は中途断念です。」

 無線で登攀を中止する呼びかけをした時、中島さん内田さんパーティもハング気味の1Pを抜けたところであった。次は登攀経験の無い核心部の2Pの40mと3Pの20mを2時半までに抜けることはむつかしいのでどうしようかと迷っていたらしい。

 「ここで登攀中止」で意見がまとまり、懸垂下降で基地へ戻ることとなった。

「雲稜ルート」1Pまで登攀で乾杯

 パーティの皆様に中途ギブアップで申し訳なく思っております。現在の体力はこれくらいかとの限界を知りました。トレーニング不足の上、長時間の登攀に備えた食事や水分の補給が不充分であった。

 足も指先も体力も日頃からもっと鍛える事が大事だと思います。


2000年06月19日(月)

 晴、松本は32度C

 坂巻温泉で入浴しさっぱりした後、松本に向かう。

それぞれお気に入りのものを食べ、飲み、1600発の大阪行き高速バスに乗車、全員無事家路についた。


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