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尾 張 富 士 おわりふじ 標高 277 m 愛知県犬山市字富士山一番地 また「白山−237m」、「本宮山(尾張大富士)−292m」、「尾張富士−277m」と並んでおり、尾張三山と呼ばれているがその山容は尾張富士が一番である。
1月24日 今日は旧のお正月は3日、一年中で一番寒い頃といわれる大寒に入り、そのとおり寒波襲来の早朝に「旧暦初日の出」を拝みに尾張富士を訪ねた。
寒さで静まる入鹿池、尾張富士 驚きましたね!
本宮浅間神社への参道
登山口に立つ石上げ祭り(犬山市無形民族文化財)の道標
尾張富士の山頂 日の出は7時頃、上空は雲ひとつ無いのに下部の雲が太陽を隠す。しばらく待つもとうとうご来光には恵まれることは残念ながらなかった。 登山口 07:40 に下山。
山頂に子供たちの持ち上げた小石の山 その石には
わかさぎ釣りのカラフルなボートが浮かぶ入鹿池、尾張富士 行程: 登山口 06:20 〜 山頂 06:50/07:20 〜 登山口 07:40 距離: 800 m ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆ 「尾張富士大宮浅間神社の参詣のしおり」より抜粋 富士に似て、その名も!!尾張富士!! 尾張富士は、尾張三山の筆頭にあげられる由緒ある山です。海抜277メートル、その形が、駿河の富士山に似ているところから、尾張富士と呼び親しまれ、そのゆえんで山麓の地域もまた、尾張富士と呼ばれております。 全山すべてに奇岩怪石が折り重なり、古木がおい茂って、昼なお昏いほどの神域です。山頂に立てば東北を東濃の山々が囲曉し、西南に濃尾平野が、西に日本ラインの清流、そして南は、小牧山を経て遠く名古屋城までが−望におさめられます。 ●沿革 尾張富士大宮浅間神社は、天平元年(729〉にはの県主の裔・道直の勧請によって、建立されました。 ●預け子 毎年5月5日の子どもの日には、預け子大祭が盛大におこなわれ、一日中、多彩な行事が繰りひろげられます。 祭神の木花開耶姫命は、ににぎの尊のお后ですが、命はその出産の祈り、産屋の戸を堅く閉め、それに火をつけて焔が燃えさかる中で、3人の御子を安産されました。さらになおこの3人の御子・火照命、火須勢理命、火々出見命は、健全に成育されました。 そこで、それなら、いっそのこと、この神様の御子としてお預けするなら、いっそうの厚いご守護が受けられるのではないか!!というのが≪預け子≫のならわしです。20歳になるまでを神さまの御預け子とし、その年限中は、毎年1回以上参詣いたします。 ●左鎌 神代の頃のむかし、ご祭神・木花開耶姫命が、土賊を退治され給うた由緒からの神鎌です。古くから、小児の虫封じ、魔除けに霊験あらたかなところから、御守りとされております。 炎天下の勇壮・豪快な絵巻き…… 天下の奇祭!!石上げ祭!! 尾張3奇祭のひとつに数えられる《石上げ祭》は、毎年8月の第1日曜日におこなわれます。 むかし、或る信者が尾張富士へ登り、参籠祈願したときのことです。その夢枕に、祭神・木花開耶姫命があらわれ、隣りの本宮山の方がやや高く、尾張富士の低いことを、大いに嘆かれました。深く感じたこの信者は、神慮にこたえようと木曽川の清浄な大石を拾いあげ、山頂へ積みあげましこ。 これを伝え聞いた五郎丸村の村民が、大石を奉納、富貴長命、子孫繁栄、五穀豊穣を祈願しました。これを始まりとして、このあと、塔野地村、前原村、羽黒村の若者たちが、相ついで献石するようになり、以降、献石の範囲は広まって、いまでは、近隣各地の人達が競って献石するようになりました。 献石には2人釣り、4人釣り、8人釣り、16人釣り、32人釣り等、石の大きさでいろいろあります。毎年、祭りごとに200釣以上の献石があり、年々、盛大に斉行されております。 ●火祭り 石上げ祭の当日、その夕方から、おこなわれるのが≪火祭り≫です。頂上から登山口まで、百数十カ所に大かがりびが焚かれ、その炎は天を焦がします。 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
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