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富 士 山

(ふじさん)   標高 3,776 m

眺めるもよし、 登るもよし、 富士に優る山はなし


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朝霧高原にて


1996年07月21日の登山記録へ

1997年08月03日の登山記録へ

ぐるっと富士山展望の旅

2008年01月01日ダイヤモンド富士

2013年01月01日の金時山より紅富士

2016年08月27日の青木ヶ原樹海を歩く

2016年08月27日の宝永山遊歩道を歩く

富士山の写真集


富士山チャレンジ一回目
1996年07月21日 快晴

歩いた記録

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高校のクラスメーツ五人で登りました

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五合目駐車場にて
この日は素晴らしい天気でした。山頂のドームが白く光っていました

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少しずつ雲がわいてきましたが駿河湾を見ながら歩く

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七合目付近
五勺毎に山小屋があります

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九合目、15時すぎ、富士の影が映る

 高山病に山頂を断念

 少し頭痛かなと九合五勺の小屋(標高3590m)に着いた時に感じたくらいだったが、シャツ一枚で寒さもなんのその景色を楽しんでいた。小屋に入りゆっくりしようかなとしていると頭痛が始まった。手の指先も冷たく紫色、身体もだるくなり、頭痛は益々ひどくなりこれは高山病になつたと自覚した。
 今回の富士登山のリーダーをしていた私ですが、同行の皆さんに「高山病のためここで下山します」と伝えた。

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 2時間で五合目へ走る

 身体が弱いので高山病にかかることは予想して酸素ボンベなど持参していたがこれくらいでは改善しない。走って下る。八合目の診療所で酸素を10分くらい吸引後、またまた走って五合目の駐車場へ下山した。身体は正直で、五合目に着くとケロッと高山病の症状が消えた。宿の予約などもちろん無く車の中で寒さに震えながら一夜を過ごした。

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1996年07月22日 快晴

宝永山へ同行者を迎えに登り返す

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 早朝登山客で騒がしい
持参の非常食で腹を満たし、五合目でじっと仲間たちの下山を待つのももどかしく宝永山まで迎えに行くことにした。
 
 
 踏んでも踏んでも砂が崩れ歩きにくい、崩れる砂利にめげず2時間くらいで宝永山に登頂。

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まともな朝食抜きで宝永山へ登り、強風に吹き飛ばされそうになりながら、
宝永山の稜線をめぐり下山してくる仲間を待ちました。

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下山してくる4人と10:40再会、合流して5合目までワイワイいいながら下山した。
めでたしめでたし!!!

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富士山チャレンジ二回目
1997年08月03日(水) 晴れ

 大阪からの登山バスは富士スバルラインを、河口湖から五合目まで約30km走り駐車場に夕刻到着した。
登山は八合目の山小屋で仮眠をとり、ご来光に合わせて山頂へ登る夜間に歩く行程です。

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 昨年の登山は九合五勺の小屋までで高山病に苦しみ下山したので
もう今回はどんなことがあっても山頂に行くぞという決意で臨んだ。

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 やはり、標高3000メートルを超えると
頭痛が始まり、3500メートルを過ぎたころより吐き気が加わり
仮眠の小屋でいただく弁当もほとんど食べられなかった。

 2時間たらず横になっただけの仮眠後
暗闇の中ヘッドライトを点けての歩行はよれよれであった。

 数歩歩いては止まり、また歩き、むかむかとしては座り込んでしまう。
何人にも追い抜かれながらも、一歩一歩すすむ。

 座り込む、立ち上がる、座り込む、また立ち上がりの繰り返しだったがご来光の
寸前に山頂に着くことができた。

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なんとか山頂でご来光を拝むことができうれしいな。

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下山途中に

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写真集

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山梨県甲府市より 朝焼けの富士

 

 


論語
古の学者は己の為にし、
今の学者は人の為にす。

子曰、古の学者為己、今乃学者為人。



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