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蝦夷富士(後方羊蹄山)

えぞふじ(しりべしやま) 標高 1,893 m
一等三角点 真狩岳


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ニセコより展望

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有島武郎像 と 蝦夷富士

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早苗と後方羊蹄山

(この三枚の写真はJRニセコ駅近くの前田商店様よりご投稿頂きました)


2006年07月17日(月)曇りときどき雨

 蝦夷富士の容姿は数ある「ふるさとの富士」の中でも飛びぬけてすばらしい―――とのことだが。

梅雨の無いはずの北海道であるが今年の天気は異常気味なのかすぐれない。春先より北海道もぐずついている。

 今日も雨、とほほ。  (×_×;)

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下山後JRニセコ駅東部より望む雨上がりの蝦夷富士gif

行程: 
登山口 06:20~山頂 10:55/11:15~下山 14:45
登り 4時間35分 下り 3時間30分

 

2万5千分1地形図名 羊蹄山(北西)
1/50000地形図名 留寿都
一等三角点 真狩岳
緯度 42°49′41″.6390
経度 140°48′40″.2492
標高 1893.02m
 

お鉢上の標高 1843.68m地点に三等三角点―点名 雲泉もある。 

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 倶知安の半月湖登山口に着くまで強い雨が車のフロントガラスをたたく。登山口の標高350mから山頂三角点1,893mまで標高差1,543mを思うと、今まで一日で歩いたことの無い標高差だから中止しょうかなとの気持ちが半分くらい頭を持ち上げる。ところが登山口に着き雨具を着け、いざ出発のころから幸いなことに雨は小降りとなる。

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ニセコアンヌプリ

 雨が止み雲も切れて来た五合目、振り返れば右に登山口の倶知安、正面にニセコアンヌプリが、左にニセコの町が望める。

 道中は風もなく雨傘をさしたりすぼめたりしながら小雨の中を歩く。いまだ活火山の山、だが山頂近くまでの道は溶岩という雰囲気は全く無く、土道なので(このところ雨が続いているから)泥んこ道だった。どのように歩いても膝から下は泥でぐちゃぐちゃになる。

 8合目あたりから多くの高山の花々が目を楽しませてくれたのは幸いだった。ところが残雪を残すお鉢に着くと強い南風が吹き付けるしガスは益々濃くなり10m先も見えない状況だ。参ったなあ、たまたま会った中年男が「羊蹄山には何度も登ったがこんな雨に遭ったのは初めて」などとしゃべりまくるが私は晴れ男だよ。北海道には梅雨がないと信じ、はるばるやって来たのにしょげるなあ。

 舞鶴港を0:45出航した新日本海フェリーあかしあ号は最高時速32ノット(時速59km)で20時間後20:45小樽港着岸する。この新型船は非常に高速で、一昼夜半もかかっていた頃には考えられないほどの高速だ。関西空港から札幌へ667マイルを1時間40分で飛ぶジェットは勿論早いですけどね。船旅は最高の旅と言われますが都会人の私にとっては少々時間を持て余した。

     参考(1ノットは1.852キロメートル毎時)

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 山頂は冷たい霧雨、累々とした岩塊、乳白色の空間以外何の存在もない。これでは三角点がどこなのか判らず三角点にハイタッチ挨拶をミス。

 下山は案の定、膝痛との格闘だった。標高差1500mは厳しい。痛い右足をかばいながらの下降はいつものことながら年は取りたくないなあと感じる。
エゾシマリスかな?雨が上がった道脇に姿を見せる。私が立ち止まれば逃げるのを止めこちらに顔を向け長い尾を振っている。かわいいな!あの2匹はアイアイだろうか。

 JRニセコ駅前に新しい人気ホットスポットがある。下山後日帰り駅前温泉-綺羅乃湯-に立ち寄る。登山後の温泉は最高、極楽気分かな! 入浴料金は500円、露天、ジャグジー、サウナに檜風呂と揃っている。

 帰路も新日本海フェリー苫小牧東港23:50発 → 翌日20:30敦賀着を利用する。ニセコより苫小牧まで100km、延々とつづくジャガイモ畑を見ながら車で2時間。フェリーすいせん号も出航後21時間で敦賀港に入港、蝦夷富士詣は終わる。 

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コケモモ

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ハイマツ

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ツルアジサイ

大木にまつわりついて咲いている

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イワオトギリ

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ミヤマオダマキ

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アキノキリンソウ ?

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イワブクロ

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ウメバチソウ

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ハクサンチドリ

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イワギキョウ

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エゾフウロ

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クルマユリ

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ウコンウツギ

 

『カインの末裔』と蝦夷富士 旅行作家 山本鉱太郎

  「北海道の冬は空までせまっていた。蝦夷富士といわれるマツカリヌプリの麗に続く胆振の大草原を、日本海から内浦湾に吹きぬける西風が、打寄せるうねりのように跡から吹き払って行った。寒い風だ。見上げると八合目まで雪になったマツカリヌプリは少し頭を前にこごめて風に刃向いながら黙ったまま突っ立って居た」有島武郎の「カインの末裔の書き出しである。マツカリヌプリとは羊蹄山(一八九三メートル)のことである。

 この小説の主人公広岡仁右衛門は無知粗暴本能のままに生きる野人で、松川農場で小作人として働いていたが、やがて愛児を失い、馬を失い、家に火をつけてとぽとぽと雪の降りしきる吹雪の中を、何処へともなく消えて行く。荒涼たる北海道の大自然を背景にした一大叙事詩である。

 羊蹄山は、いったいどこから見たらいちばん美人なのだろうか、と考えたことがある。誰もが気楽に観賞できるところといえば、やはり函館本線の車窓からであろう。毛ガニで知られた長万部で室蘭に向う海岸ぞいの線路と別れて倶知安に近づくと、畑の右手彼方に美しい羊蹄山が姿をあらわす。長万部から単調な風景がつづいていただけに羊蹄山がなおのこと印象づけられるのだ。

 山頂の残雪、長い裾野、縞模様の放射台-富士とはよく似ているがどこか小太りで道産子のように遇しく、大地にどつかと腰をすえて真狩高原をへいげいしている。

定山渓温泉からバスで50分のところに中山峠という有名な峰がある。ここから見る羊蹄山は、まことに雄大で牧歌的である。そして喜茂別まで下ると、そこはアスパラガスの日本一の産地で、黒い土をこんもりと盛り上げたうねが、羊蹄山の麗の方までつづいている。だから羊蹄山はアスパラの畑にあぐらをかいている感じだ。朝の大気をついてアスパラガスの採取に余念のない喜茂別の娘さんたちは、そのままで北海道の風物詩である。

 羊蹄山は高山植物の宝庫といわれるだけに、真夏には紫色のイワギキョウ、黄色のミヤマキンバイ、うす紫色のイワブクロ、この山特有の紫色のエゾフジアザミなどが山頂に咲き乱れる。

 アイヌの古老たちは、国造神がこの世をつくられたとき、はじめて下界におり立ったところがこの羊蹄山だと信じている。その頃は山のまわりは大海原だったので,黒雲を投げ込んで岩をつくり、黄雲を投げて土をつくってその間を埋め、青雲で緑の樹々を造ったという。メルヘンにも似たスケールの大きなお話だが、山頂に立って四囲を展望していると、さもありなん、といった気持ちになるから不思議だ。

有島武郎逝って六十数年。旧農場事務所は今は有島記念館となり、窓枠いっぱいに蝦夷富士が美しい姿を見せている。

 

 


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