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丹後富士(建部山)

11月18日 曇り・気温―登山口14℃ 昼から風つよい

山頂にお城のあった山

 「丹後富士」は由良川を挟んで西に「由良ケ岳」と東に「建部山」の二山がある。
 「建部山」は舞鶴湾の西港に裾野を引く。今は埋め立てで海から少し離れているが、その昔は麓まで海の波が打ち寄せていたそうである。西港の岸壁から眺めると、山頂が少し平らで左右になだらかに裾を引き、まちがい無く富士の形をしている。

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標高は315.7mしかないが舞鶴では誇りの持てる美しい富士である。
またこの山頂には、南北朝末期の明徳3年(1392年)一色満範が築城したお城があったそうである。

 舞鶴自動車道が開通して大阪からわずか2時間たらずで行ける。登山口の小さな児童公園横の路上に駐車する。
(08:40) 山へ向かう地道を100m進むと猪除けの柵(トタン)がある。柵を越えてまっすぐ山道へ入るのがルートであるが、柵に沿って左へ70mくらい進むと毘沙門天の石柱があるので、その道を入り毘沙門天堂を目指す。

私の愛用している胃薬 ―― 千振り(センブリ)

 ここでお堂の掃除に行かれる二人の初老の婦人に会い、あれこれと山のお話を伺う。お話によると、この近所の人達は健康の為に登山されるそうだ。お堂の周りで何やら下を向いて探しながら草を抜いているので「それは何ですか」と訪ねると「千振や、昔はこのあたりにも、山筋にもいっぱい生えとったけどなあ、もう消えてしまった」と言い「噛んでみな、苦いよ」と私に差し出される。歯に挟むと「苦い、確かに千振や」漢方薬で私の愛用していた胃の薬である。

 植物の群落や、半自然林は人の手が適度に入っていなければその状態を維持できないのだろう。美しかった日本の里山の自然環境が破壊されていくのは寂しい。

(09:05) さて毘沙門さんに別れて山頂に向かう。お堂の右横から草を踏み分け100mくらいで正規の登山道に合流する。  道幅は一間くらいあり散策道のようで、山頂まで続く。しかも山を半周するくらいに傾斜はゆるく付けられている。道にはイノ君の仕業であろう、いたる所にキバで掘り返した跡がある。夜行性で真昼間の今頃はどこで寝ているのだろうか私には想像がつかない。

 山の下部は民有林となっているそうだが、上部は国有林で潅木におおわれており、登山道からの展望はあまり無いが、7合目付近で東方向に木がまばらになった場所があり双耳峰の青葉山(若狭富士)が見える。
 紅葉も半分くらい終わり、落ち葉の茶色、黄色、赤色に模様されたじゅうたんをカサコソと音を立てて歩くのは気持ちのいいものだ。

怖いものー砲台跡

 山頂手前で、今日初めて二人連れ登山者の中年婦人に会いました。
「山頂に有る砲台跡は気味悪くて、中によう入らん」と言われた。
(10:05) 私達が着いた時も、うっそうとした木々に囲われていた。空はどんより曇り薄ら寒く異様に静かで、石造りの砲台跡はドス黒い入口を開けていた。

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 怖い物には敢えて見たがる野次馬の私も一歩その中に入るのには勇気が必要であった。中は綺麗に掃除されているがうす暗くてやはり不気味であった。同行の友もおそるおそる私に従って来たようだ。

 この砲台(短辺7m、長辺50mくらいで石造、上部は砲台を隠すために土が盛られ雑木が植えられている)は明治時代に造られたものです。
山頂はこのようで展望も無く残念ながら長居出来る所ではなかった。

( 10:35) 下山開始。
 山頂からほんの少し下に木が切り払われ開けた所が作ってある。ここからは南東方面の舞鶴湾がすぐ眼下に見え、その奥には丹波の山々が遠望される。
 道がゆるやかで幅が広いのには訳が有る。明治に建造された砲台には膨大な量の石が使われており自動車の無かった時代なので、荷車で引き上げる為にこの道が造られたのだろうと私は思う。
おかげで今日は全然汗もかかずに歩いた。
山に登って汗をかかないことってかってなかったと思う。

富士の展望は五老岳から

 海抜297mの五老岳は西港を挟んで建部山と対置している。
山頂に「五老スカイタワー」や「かんぽの宿」があり、車でゆける。日本有数の高さを誇るという海抜325mの展望室(入場料は200円)からは「近畿百景」の第一位に選ばれた舞鶴湾のリアス式の海岸美が望まれる。

 <<1985年、近畿郵政局が「ハガキで選ぶ近畿百景キャンペーン」で選定>>
近畿百景  (参照)

丹後丹波若狭の4つの富士が一度に見えるポイント

 私にとって最大の魅力は、丹後丹波若狭の4つの富士が一度に見えるという事である。
すぐ目の前、西の方角に今日登った「建部山」(丹後富士)、その奥に「由良ガ岳」(丹後富士)すこし左へ目をやると「弥仙山」(丹波富士)のピラミダルの鋭鋒、振り返れば東に「青葉山」(若狭富士)の双耳峰が目に飛び込んでくる。

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 今日は曇り空でかすんでいたが、大連まで見渡せるという大展望地である。ということは、建部山の山頂の砲台は日ロ戦争の備えの軍事施設だったのだろうか等と考えてしまう。

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