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甲西富士(竜王山)


12月29日 晴れ、微風、気温山頂10℃

名神栗東IC(08:30)~甲西町(09:00)~登山口(09:10)

 「甲西富士」は滋賀県甲西町と野洲町の町界にある標高353mの低山であり、「竜王山」が正式の山名である。
甲西町の北隣は竜王町で、この辺には「竜王山」と名の付く山が沢山ある。この山もあの山もという具合にだ。
里人はこの「竜王山」を「菩提寺山」とか、野洲側(桜山の里)からは「桜山」とも呼ぶ。

野洲川と甲西富士

 野洲川越しに見る朝霧につつまれた甲西富士が下の写真です。 東西に裾野を長く伸ばし美しい富士形に見える。

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 名神自動車道の栗東と竜王ICの間に「菩提寺PA」がある。以前から「なぜ菩提寺なのだ?」と疑問を持っていた。甲西富士がなぜ菩提寺山なのだ?を知るに連れこの疑問は解明した。

忌門を守護するため

北東方向を忌門と言われているが、奈良興福寺の忌門に当たるところに大菩提寺〈36坊)、南、北菩提寺(湖東町)があったという(戦国時代、信長の焼き討ちに遭い灰塵になった)。寺の名前が地名となり今に残っているのである。
この地一帯は少菩提寺(興福寺の別院)があり数多くの大伽藍が雄大な姿でそびえたっていた。奈良時代聖武天皇が発願、良弁僧正が創設した古刹である。

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1492年の記録のある古絵図に盛時の状況が克明に描かれており現存の西応寺(禅祥坊が前身)の寺宝である。

山頂に

 西応寺の寺庭夫人に見せていただいた古絵図には山頂に妙見堂が描かれており当時は山自体が崇拝の対象となっていたものと思われる。妙見堂の建っていた地に今は竜王山の名の通り竜王の小さなお社が祭られている。
 人々は干ばつになると白い布の幟を立てて松明を手に竜王に雨乞いをした。子供が真似をして火事を起こしたとの昔話も伝えられているそうです。山麓には現在は西応寺他三寺が残るのみ。

登山コース

 里人は今も竜王を祭り、その為の道が西応寺の庭園の左手横から付いている。最近大手新聞で野洲側から登り甲西へ下るコースが紹介されてボツボツ登山者があるそうです。
 最近野犬が15匹ほど出没しているのでご注意くださいとご住職の話を聞き、熊もこわいけど野犬もこわいなあと心配になる。
ご住職は「大声を出したら逃げる」と言われたので、木切れを片手にワメキながら歩き始める。(登山者に会えば恥ずかしいが、この時期私の他この山に登っている人も無いだろうと考えたーー実際、誰にも会わなかった。)

 すぐ汗が噴き出してきたので上着を脱ぎ、中腹まで来て野犬に遭遇しなかったので一安心の気分となる。ふもとは少し植林されているが、すぐ松の混じった自然林となる。昔はお寺のすぐ裏にも松茸が採れ、むしろに一杯も簡単とのお寺のおばあちゃんのお言葉。
 上に行くほど坂は傾斜を増し、落葉で滑らないように気を付けながら歩く。標高150mの登山口から山頂まで標高差200mくらいなので私は20分で登ったが、ゆっくり歩いても30分はかからないと思う。

 山頂は三等三角点のある最高点と鞍部をはさみ少し低いピークに竜王社とテレビアンテナの建つ広場からなる。古絵図にはここに奥の院の建物が見える。

三上山(近江富士)が

富士が二山並ぶ

左ー甲西富士、右ー近江富士 (東方国道一号線より展望)

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阿星山より展望(右ー甲西富士、左ー近江富士)

 頂上の三角点は背の高い雑木に囲まれ展望は全くきかない。野洲側へ少し下ると、正三角形の近江富士がすぐ眼前に朝霧の中に見える。二つの富士が名神自動車道を挟んで並んでいるのだ。
静かだ、小鳥のさえずりも聞こえる。ああ又ひとつ富士に逢えた。野洲方面へ下山できるが、道は荒れており新聞で紹介されるまでは一部の愛好者以外には忘れられた道のようだ。  もと来た道をまたワアワア言いながら下る。
 絵図にはまた、中腹に「加持水」が画かれているが、その存在も今では知る人も無い。名水だったのだろうと思う。時間があればこの名水を探してみたいところである。

竜王とは

 仏教では八大竜王のこと。雨神として信じられ、日照りには雨乞い祈願が行われる。

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