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後明富士(下田山)

2010年02月03日(水) 晴れ

 山頂めざして再チャレンジです

 1997年の記録はこちらへ

yama

ここから見る限り山火事の跡は緑のシダで覆われています

tizu

graf

 須賀神社のお社の前に車を置き、道を探すもありません

 いつものように獣道を歩きます。林道(誰も利用していない模様で、道とは云えない様相です)に合流、南のコルへ向かう関電の高圧線下から草や小木を掻き分け昔林道を行き、標高110mあたりから、187m峰と三角点の210mとの鞍部を目指して谷筋を進んだ。

 錆びたタンクまでかすかに踏み跡が見えます。コルから先ず三角点に向かった。 突然ドドドッと大きな音、イノシシだ!!! 姿は見えなかったものの...こわっ。

 高圧線の下のところで銃をかまえたおじさんを見たのだが、イノシシを狙っていたのだろうか?

 

jinjyatank
須賀神社     錆びたタンク

santyo
山火事で木が無いので山頂からは360度の展望

クリックでパノラマ写真を拡大表示

panorama

kudari
下山は神社へ向かって直降下
急坂、おまけにシダの海の中を格闘です


02月11日 晴・風弱し・寒い

 兵庫県相生市若狭野町西後明(相生駅から約5km)に左右に均整の取れた美しい山がある。

*gomyofuji.jpg

(写真は南東側にある稲作用の溜め池越しに見る後明富士)

燃える富士

「10年ほど前だったか、山火事があったのは」と近所に住むおばさんは言う。「あれは夜8時頃から真っ暗だったけど、山麓まで焼けた。そして又今回2月4日午後4時から8時頃まで燃えた。原因ははっきりしないけど誰かが吸ったタバコの火の不始末ではないか」と言われる。
「へー、そうですか」と相づち。山火事の跡が微かに残る山を歩いた事はあるが山火事直後に登るのは初めての経験。西後明バス停付近から見ると最上部が焼けていてこれなら登れると思い、山頂への道について尋ねてみる。
案の定、最近は登る人も無いみたいだし、山道も不確かだ。誰か個人の持ち山だと考えるが無断で登らせてもらうことにする。

標高195.5m

  さて、麓は標高約50mなので登る高低差は150mくらいだ、なんとかなるだろう。西麓に市営住宅があり、そのあたりから標高100mくらいまで林道が切り開かれている。先ず林道を行き西の187m峰との鞍部まで登り、坂が比較的ゆるやかなルートを経て山頂へ登ろうと考え市住の方へ向う。

炭と苦闘

山火事消火のため消防自動車が行き来したのだろうと思われる轍の荒々しい跡や、なぎ倒された小木が生々しい。鞍部の方から登ろうと考えていたが、火は麓から鞍部それから上部へと燃え広がっている。少し焼け跡を進みかけたが焼け残った木や灰でだめだ手も服も黒く汚れてしまう。
そこでルートを変更して焼けたところと焼け残ったところの間を直登気味に登る。それでも軍手も服も炭で黒々となる。なぜ全く焼けていないところを歩かなかったかというと、山が一面ブッシュと深いシダ類で覆われていたからである。

なんで登るの

  そこまでしてなんで「ふるさとの富士」に登りたいのかと自問自答もするが関西近辺の富士に全て登ろうと決めた意地みたいなものか。
講釈はこれくらいにして、急斜面を無理やり進む。岩肌の露出した焼け跡、焼けた木々の痛々しい富士である。

8合目で断念

  8合目から上部は焼け残った所が無くなった。服を炭で真っ黒にしてなおも進もうとしたものの登り始めたのが遅かったので、自然が帰って来た時に再度挑戦することにして、今回は8合目までで断念することにした。
山火事直後の山を初めて歩いたが急傾斜の焼山斜面は歩けるものじゃない。

富士、凛(りん)と響く楽の音

 作曲家は世界のあらゆる物から霊感をもらい音楽を紡ぐらしい。
山あり、その名は富士・それを見て画家はキャンバスに向かい筆をとり、カメラマンはシャッターチャンスを待つ。音楽化は楽の音を譜面にしるす。
 なんとなんと我、登らんと欲す。ただそれだけ、発想は貧しいか?
しばらく間をおいて、次の機会には山頂に立ちたいと思っている。 

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