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三 足 富 士

みあしふじ 標高 290 m


 04月22日
 快晴 気温26℃

 春の陽気というより、もう初夏を通り越したような暑い日に三足富士を訪ねた。今度で山頂を目指して三度目のことである。前回、取り付いては道を見つけられなかったり、冬の日暮れは早くて時間が足りなかったりで途中から引き返した。

疋壇城跡下から眺める三足富士

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山笑う、春の三足富士(この絵にカーソルを置けば梅と三足富士)

 「疋壇城は、室町時代(1469-1487)に、朝倉氏の将疋壇対馬守久保が築いたものである。
この地は、柳ヶ瀬越、塩津越、海津越の主要江州路が集まる交通軍事上の要衝であるので、朝倉越前の最南端防衛拠点として築城されたものである。」城跡の案内より引用。

 柳ヶ瀬越は北陸自動車道が、海津越は国道161号線、塩津越は国道8号線が現在の姿で、古の人にとってはどの道も辛い山越えの道であった。

 「いまにのこる北陸最古の歴史と詩のみち」として塩津越は南の沓掛から疋田の追分までの約7kmの内、(追分から峠まで2.4km)が今も深坂古道として残り、観光のスポットとなつている。

 私がこの「三足富士」を見つけたのは道路地図を眺めていた時だった。"あれ!こんな所に富士がある"いつか登ろうと思い敦賀市役所の山林関係部所に問い合わせたり、この富士について記録がないか本ゃインターネットで探したが要領を得なかった。

 今回は山のベテラン二名のご同行を願い、山頂に達した。

行 程
  (1)登山口11:20--(2)イカリソウ11:35--(3)急坂--(4)山頂12:15/30--(5)小道12:55--(1)13:35--車--コンビニでビール買う--(6)城址14:00

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敦賀(南東) 

赤色の数字は地図上の同じ番号の地点で撮影

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 (この絵にカーソルを置けば遠景に)

 八畳岩は道脇の田んぼの中にある。この岩から三足(歩)ほど南へ歩いて見れば、上の写真のように見える。

 頂上が3つのデコボコになった富士型でここからがこの富士の展望の最適地だ。

 修験者が大きなこの石の上で修行したとかの言い伝えがあるそうだが、はっきりしない。畑仕事中のおばあさんに"三足富士にはどこから登るのですか"と伺うと"私の歴史の中には登った人はいない"とおっしゃる。これはとても面白い表現である。

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1 愛発(あらち)小中学校

290mのピークから北へ3つの大きな尾根があるが、私達は西側の2つの尾根に挟まれた谷をピークに向かって直登しようと決めて愛発小中学校(小中学校が同居とはめずらしい)の横の路側に駐車する。

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登山口

 学校から少し西へ進み、山へ延びている細い道を進む。シモクレンの花は満開でいい香り、道はすぐ行き止まりとなる。

 始めから道を期待していた訳ではないので雑草などものともせず、チョロチョロと流れる沢を遡る。

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 水なき沢

少し行った所で一番目の沢を横切り、少し東へトラバースすると予定の沢に出会ったので、その沢を進む。沢といっても水は流れていず石がゴロゴロころがっている。

 薄暗い斜面にかわいい紫色の花を見る。"これ何の花"と問えば"イカリソウ"と教えていただく。なるほど、よく観察すれば舟の碇に見えなくはない。

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炭焼き窯跡

 まわりはナラなどの落葉潅木の樹林が広がる急坂の沢を登れば、いくつかの炭焼き窯跡が目に付く。

 先人はこんなところで炭を焼くため、毎日山を登っていたのだ。

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 急坂を登る

 最後の炭焼き窯跡を過ぎれば沢状の石もなくなり、道無き傾斜のひどく強い山が待っていた。枯れ葉に乗っかって滑れば転落の危険を感じるがもう引き返さない。上へ上へとがむしゃらに立ち木に掴まって攀じ登る。

 山桜はまだ花をつけているし、少ないがピンク色のツツジが心を和ませてくれる。

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 山頂

 三足富士の山頂に苦闘の末、ついに着くことができた。標高わずか290mなのにずいぶんと苦労したものだ。でもこの苦労もすぐ富士に登れた喜びに変わる。

 山の南東斜面は檜が山頂まで植林されており、枝打ち直後の様相であった。檜はまだ細く樹幹から南東に457m峰、北東に350m峰の山々が続いているのが望める。

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  山仕事の小道

 昼時だが山頂では水分補給だけで下山に向かった。自然林と植林の境界となつている比較的傾斜のゆるやかな尾根を下る。

 道は無くとも植林の中は歩き易い。途中から直下降し谷沿いに付けられた山仕事道へ合流した。

 三足富士はどの方角から登ろうとも急な登りで、自分の歩いた後が道なのである。 

 下山後、疋壇城跡を見学し、そこで三足富士登山の余韻に浸りながら満開の八重桜下でコンビニ仕入れのつめたーいビールをいただきつつ談笑の時を過ごす。

santyo 

山頂にて

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シモクレン
イカリソウ
ミツバツツジ
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スミレ
ヤエザクラ
ヤマブキ
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南無阿弥陀仏の碑
 疋檀城址は今、ゲートボール場(後は三足富士)

交通

JR

大阪駅発07:19-新快速-米原08:50/09:05-普通-09:46新疋田駅着 

北陸自動車道 木の本ICより国道8号線で約20km

 (尼崎から往復351kmの走行であった)

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